ちょっと古い話になるが2005年9月にポーランドのワルシャワで、[CSRに関する国際会議が行われ、私も参加をし、「企業とステークホルダーの対話」についてのプレゼンテーションを行った。この会議は、ポーランドの国宝といわれる宮殿で行われ、ポーランドのトップエコノミストや経済学者、ヨーロッパの有名企業の経営者、世界銀行の理事などが多数出席をして、3日間意義ある会議が行われ大いに収穫があった。歓迎パーティにはワレサ元大統領や首相が参加をされた。
会議の終了後参加者はポーランドの古都クラクフに観光に招待され私も同行した。クラクフに着くと同時に、元大蔵官僚の某氏の提案でアウシュビッツを訪れることを決めた。彼は、天下りをせずに自分で企業倫理のコンサルティングを行っておられる私が尊敬する人である。タクシーで約片道1時間半ということで、ディナーパーティまでには戻れればよいと4名で出かけた。全員CSRや企業の倫理関係の仕事をしている人たちである。アウシュビッツはテレビなどで見たことがあったが、入り口に近づくにつれ緊張する自分がいた。ナチスの残虐行為、ユダヤ人への大量毒ガス殺戮などが脳裏を横切った。ユダヤ人が捕らわれの身となった建物がいくつもあり、そこで悲惨な最期を迎えた人々の写真が一人ひとり壁に貼り付けられていた。この人たちの目を見ながらどのような思いで死を迎えたのだろう、悔しかっただろうに、恐ろしさを肌で感じつつ、いつしか、背筋に寒いものが走った。このような建物がいくつもあった。死体を焼却する施設もそのまま残っている。
アウシュビッツ収容所の元所長、ナチドイツのルドルフ・ヘスの死刑執行が行われた絞首台が野ざらしのまま青空の下にそのまま残っていたのが印象的であった。ヘスは戦後の裁判の後、1947年4月16日に処刑された。この雨ざらしのままの絞首刑台もこの残虐な施設も世界遺産となって、人間の持つ恐ろしさを戒めている。イスラエルの女子中学生たちが先生に連れられて見学に来ていたが何をどのように教えているのかが非常に気になった。
このような施設をどのような説明を受けて見学しているのだろうか。見学が、憎しみを醸成することになるのだろうかと考え、日本に戻ってからもそのことがしばらく頭から離れなかった。私が見学をして、率直に感じたことは、悪いことはしたくない、倫理に反することはできないということであった。アウシュビッツを訪問することは最大の倫理教育になると考えた。
人権の尊さは、人権を守られ人権をなんら損なわれたことのない人々には理解しがたいことかもしれない。非人権的な極みを経験した人々が人権の重さを言い語ることができる。しかし、そのような立場にない私たちのようなものは、非人間的な現場を確認したり、そのような光景を見た時に非人権的な行為に対して憎しみを感じ、人権問題に関心を持ち、人権の尊さを知ることになる。
南アフリカではアパルトヘイトが撤廃され、1割しかいない白人社会から黒人は解放された。しかし、それらの人々が非人権的なことから解放され基本的な人権を得ると、非人権的なことが判らなくなる場合がある。黒人たちの優遇策BEEがとられ黒人たちは底辺から這い上がって、その一部は黒いダイヤモンドといわれる富裕層に成り上がり、消費生活を謳歌している。それは黒人たちの9%に満たない人々であり、黒人の大多数が貧困にあり人権は損なわれている。
BEEはBLACK ECONOMIC EMPOWERMENT の略で、アパルトヘイトでできた白人と黒人の格差をなくす黒人の社会進出を促進する優遇策である。黒人の経済、企業活動への参加を促進する。黒人の企業における所有率を高める、企業における黒人の株の取得率を高める、企業や組織における黒人の上級職を増やすなどである。これにより黒人に「黒いダイヤモンド」という一部の持ち富裕層が出てきて、黒人社会に格差が出てきた。
富裕層の人々の中心にあるのが、アパルトヘイトの中心にいた闘士たちや、マンデラ元大統領の関係者が多い。これはアパルトヘイトが撤廃され貧しい人々が解放されても、人間には自然とピラミットができ、ボトムオブミラミットが形成されていく。アパルトヘイトという最悪・極悪の政策が撤廃されても人権問題は解決されない。この状況を促進しているのが,BEEにより富裕層になった黒いダイヤモンドに融資や資金をバックアップしているグローバル企業である。バックアップをうけた黒いダイヤは益々富裕になる。このような影響力を発揮しているグローバル企業にはCSRの主要事項であるデュー・ジェリジェンス(人権問題に関する企業の棚卸とその対策対応)などという考えは存在しない。特に鉱物関連のグローバル企業は欲の塊であり、黒いダイヤモンドも同じである。
世界銀行の理事と話したことがあるが、これらの企業についてこのような話をしていた。
「外国の企業が貧しい国へ投資をすると、8割をその企業が吸い上げ、残りの2割のうちの1割を地元の有力者がとり、最後の1割を従業員やその他のもので分配する。これは投資という形式を取った一種のマネーロンダリングである」と言った。これは一応合法的な形となっているが、貧困と人権の問題を含んだ大きな問題である。欧米の企業は多かれ少なかれこれに似たことを行っている。米国の良心的経営者もこのことを認めている。この行為は適正なマーケットの構築を妨げる悪質な行為であると。
このように富の分配のない非人権的な地域を作りだしているのが欧米のグローバル企業にはある。アフリカはその象徴的な地域が多い。以前は植民地として、搾取と奴隷化を行い、今は救済的投資といい、ビジネス植民地化を図っている。
人権の基本は自由なことから始まるが、義務も責任も果たせない自由という名の人権がある。貧困であることも自由で、非人権的であることも自由であるという社会環境は人権がないことと同じである。
果たしてアフリカはアパルトヘイトの撤廃で人権が尊重されるようになったのであろうか。貧民屈は北京オリンピックと同じように、ワールドカップの前に総ざらいされることになっている。
さてこのようなことの解決にCSRは無力であり、無意味なことであるのか。デュー・ジェリジェンスで解決できることだとは思わない。CSRの遂行により、それが企業の企業戦略となれば、デュージェリジェンスも理解され、実行に移すことが可能になるのではないかと思う。
欧米では日本人が想像する以上に人権問題にはうるさい。米国ではアフリカからつれてこられた奴隷の解放がリンカーにより行われたことは小学生の時に学んだ。黒人大統領が誕生したとはいえ、米国では強い差別がいまだにしてある。レストランでの白人とそれ以外の人種との入り口も座る席も違うということが、日本人を驚かせ、屈辱を味あわせられる。
米国は自由であるが、人の差別も自由であるようだ。それでいて人権のことを口やかましくいう。口やかましい人たちは、当然人権問題に敏感で、人間の尊重を唱える人たちだ。
多様性民族国家である米国は、日本と比べるとさまざまな差別を感じる。口では男女同権を唱えるけれども、財布の紐は亭主が握っている。日本は主婦が握る傾向が強い。
ヨーロッパは人間の尊厳や人権のことをうるさく言う。しかし、近世から近代までは、アフリカの人々を奴隷としてビジネスの対象としたり、産物や天然資源を略奪したり、殺戮も行ってきた。15世紀に活躍したバスコ・ダ・ガマは産物・財宝の略奪と殺戮を行っている。その対象になった地域はアフリカであり、インドなどである。
大英博物館には、各国から簒奪した、史跡・遺跡・宝物がたくさん展示されている。私は、飛行機に乗り遅れるぐらいこの博物館に取り付かれ、複雑な気持ちになった。なぜこれらが返されないで展示されているのだろうと。かなりの人の犠牲の上でここに展示されていることを意識せずにはおられない。
アフリカ人の人権損害は未だに続いている。その影には宗主国のビジネスが絡んでいることが多い。人権問題は、このような地域やこれを行っている企業やその企業が存在する国に向けられるべきで、これに関係する企業や国の責任は非常に重いものがある。
企業は生態系の中で、生態系のさまざまなサービスを受けてビジネスを行っている。生態系のサービスとは地球と地球環境の自然から受けるさまざまなサービスや利便性の享受をいう。森林から受けるおいしい空気、森林の保水による洪水の防止、太陽エネルギー、温泉や水、天然資源、野菜や果樹の供給など数え切れないほどである。エネルギー源をたどれば太陽エネルギーの蓄積と化石化で、そのエネルギーを使用して産業を盛んにしてきた。
生態系のサービスはあまりも身近過ぎてありがたみがわかないし空気のようで、人間の意識の外にある。しかし、人間の行う企業活動はすべて生態系のサービスの恩恵を受けて行われている。人間と生態系の抱える問題が地球環境保全である。温暖化防止、有害物質の排除、天然資源の有効使用などである。その中で最大の問題が気候変動、温暖化問題である。これによりどのような問題が起きるのか予想できないことが多い。
世界には現在約3,000万種以上の生物種が存在するといわれ、われわれ人類はさまざまな恵みを享受している。それは森林や海の藻などによるCO2吸収など人間が生存する基盤の支え、自然災害の防止など多岐にわたる。しかし、人類による大規模開発や環境汚染により、地球上の生物種は毎年約4万種が絶滅しているといわれている。そのため、国連をはじめ世界規模で生物多様性に対する取り組みが進められている。
環境経営を行っている日本の代表的な経営者は「あらゆるビジネスは生態系の中で行われているので、地球環境保全は重要である。これが崩れると企業の持続性などありえない」といったが、優秀な経営者の社会的責任への意見は重みのあるものだ。来年は名古屋で「生物多様性に関する国際会議」が開催される。
このような動きに反応し、リコーグループは「リコーグループ生物多様性方針」を制定した。また「ビジネスと生物多様性に関するイニシアティブ リーダーシップ宣言」に署名をする日本企業もある。リコーグループでは、企業の事業活動は生物多様性の恩恵に依存するとともに、さまざまな影響を与えているとの認識を持っている。この影響を削減するとともに、生物多様性を保全することを使命とする考えから、この方針をまとめた。
内容は8項目あり、前半は、「経営の課題」「影響の把握と削減」「進め方」「技術開発の促進」。原材料調達を含む事業活動における生物多様性への影響評価、把握、分析、数値目標化を行って削減に努めることや、生態系の仕組みや生物の成り立ちに学んで知恵を生かした技術開発を推進することなどを挙げている。
このように企業の社会的責任は、地球環境へより具体的な行動で示し時代となってきた。